双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

先生の夏休み阿房列車

|小僧先生| |旅|


Y氏のご好意により、18きっぷの残り二回分を送って頂いた。時刻表に路線図を眺め考えあぐねる内、其処へふと、先週の小僧先生 「遠くへ行きたい」 発言を想い出し、さすれば是を使わぬ手はあるまい、ぽんと膝を打つ。そこで如何様にしたものか。程好く遠く、乗り換えを含み、日帰りで、夕飯刻前には帰って来ることが可能であり、しかし何よりも、新幹線の停車する駅であることが肝心だ。何故新幹線なのかと云うと、それが先生のご希望だからである。新幹線と距離から考えると、やはり小山・郡山何れかとなる訳だが、暫しの思案の結果、車両や景色など、道中の愉しみ云々を考慮した上で、福島は郡山まで阿房列車を仕立てることと相成った。先生にとっては、片道三時間弱であっても十分な長旅、余程心待ちにして居たのであろう。前日は早々と床に就いて、是に備えてらっしゃったと聞く。駅に待ち合わせた後、朝七時台の電車でいわきまで向かい、そこから郡山行きの磐越東線へと乗り換える。


「ふむ。白に緑の車両か」
ディーゼル車ですよ。お気に召されたようですね」


乗り込んで程無く列車が走り出すや、先生、早速におやつを食べると仰って、持って来た小袋の中より先ずは麩菓子を取り出し、車窓を眺めながらむしゃむしゃ。


「ところで、君。”こおりやま” とは、如何なる山かね?」
「ええとですね、名前に山は付きますが、山ではないのですよ」


腑に落ちぬと云った風に、一旦は怪訝な顔をする先生であったが、列車が川に沿って走る車窓へ、すっかり気を取り直したご様子と見え、ほくほくである。所々にトンネルを抜けながら山間を縫う景色は緑濃く、長閑な田舎の夏の好ましい佇まいを見せて居り、春のそれとはまた違った良さが在る。途中の無人駅では、乗り降りにも、ほんの僅かの動きが在るだけであったのが、船引に近付いた辺りから徐々に乗客が増え始め、車内も次第賑やかとなってきた。先生も心なし、そわそわとしてらっしゃるので、もうすぐ郡山ですよ、と教えて差し上げると、麦茶の入った水筒から口を離し、ニヤリ。


「すると間も無く、新幹線が見られる訳だな」


十時を少し廻って終点郡山へ到着。下りたところで向かいのホームに丁度、磐越西線は真っ赤な快速列車 ”あいづライナー” が停車中であったので、先生と是を見学し、其処から新幹線乗り場へと向かう。入場券を買い求めて改札を通ると、先生すっかり興奮のご様子だが、無理も無かろう。本物を間近に見るのは初めてでらっしゃる。エレベータを上がってホームへ立つと、右手の方より ”MAX” が入線したところであった。


「おおMAXか!二階建てだよ、君!」
「ええ。私も初めて見ます」


車掌氏に手を振って貰って満足した後は、先生に促されるままホームを移動しながら、凡そ四十分程の間に ”こまち” ”つばさ” などを見学し、ようやく駅を出る。


「ちょっと早いですが、帰りの時刻を考えて、そろそろお昼にしようかと想います。如何でしょう」
「ふむ、良かろう。して、何処で昼飯を食べるつもりかね?」
「ここより少々歩いたところに、食堂が在ります」
「炒飯は?」
「ええ。きっと在りますよ」


ずっと以前、郡山を訪れた折に見付けた大衆食堂である。こざっぱりとして気持ちの良い店で、概ね地方都市の駅前周辺と云うのは、ともすると味気無いチェーン店だの、人を小馬鹿にしたよな店が多く軒を連ねるものだが、こうした個人経営の食堂が在るのは、実に有難い。暑さに辟易の先生の手を引き引き、五分程で食堂に到着。店開けしてすぐであったのだろう。未だ先客は居らず、先生たっての希望により、奥の座敷席へ上がってここへ涼む。


「先生は炒飯で宜しいのですね?」
「尤も」
「ええと私は…レバニラ定食にします」


程無くして我々の卓に注文が運ばれ、ふとテレビを見やれば 『長七郎江戸日記』 (であったと想う) の終わったところ。すると一人。また一人と、年配の男性客らが次々に入ってきては、ビールにカツ丼などを注文して居る。では、頂きましょうか。一緒に声を揃えて 「いただきます」 を唱和すれば、先生、おもむろに炒飯へスープをかけて食べ始めた。


「こうするとだな、一段と旨いのだよ。フフフ」


食事の合間合間に、店の小母さんへちょっかいを掛けながら、小さい胃袋へ盛りの良い炒飯の半分が収まったところで、さすがに腹くちいと云ったご様子だ。随分お食べになりましたねぇ、もう良いですよ。と、先生、ふうと一つ大きく息をつき、足を伸ばされた。


「君は実に良い店を知って居る。いつでも連れて来てくれたまえ」
「ええ。しかし、いつでもと云う訳には…」


暫しの食休みの後、気持ち良く店を出ると、帰りの列車まで一時間と少々在ったので、尋常ならぬ表の熱から逃げんとばかりに、一路駅ビル内へ。買い求めたアイスクリイムなんぞを、ちびちびとやりながら過ごす。 何々、「さっき着いたばかりだのに、随分と味気無いのでは?」 と。成る程、確かにその通りではあるけれども、しかしながら、そもそもが 『なんにも用事がないけれど、磐越東線に乗って郡山へ行って来ようと思う。』 つまり、列車に乗ることが目的なのだから、列車に乗って出掛け、(昼を食べ) 再び列車に乗って帰って来るだけの話なのである。
ところで、几帳面は誰に似たのやら。少なくとも伯母である私で無いことは確かであろうけれど、発車時刻まで未だ十五分も残って居ると云うのに、そわそわと落ち着かぬ先生にせっつかれ、ホームへ向かえば、既に車両は入線して居る。三両編成の一番前に乗り込んで腰を下ろし、ふと外を見やったところへ丁度、東北本線が滑り込んで来た。


「良かったですね、先生。東北本線ですよ」
「初めて見るぞ。あれに乗って帰ることはできるか?」
「それは無理ですねぇ」*1
「ふむ。まぁ良い。何しろ今日は沢山見たからな。」

赤い〜ディーゼルの〜機関車でぇ〜 おれの〜東京でぇ〜
新ぁしくなった ベビースターはい〜か〜がですぅ〜
なんとベビースターが 新ぁしくなったんで〜すよ〜*2


帰りの道中。気が付くと先生は、自作の歌を歌ってらっしゃった。時折うとうととなりかけながら、窓に額を傾けて。呟き程の声で。

*1:できないことは無いが、できると答えてしまうと色々面倒なので、便宜上(笑)。

*2:うろ覚えの中から、強烈な印象であった一部を抜粋(笑)。

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