双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

A cup of coffee

|徒然|


U社とは開店以来ずっと、珈琲豆を主として、資材や食材などの仕入れで付き合いを続けて居る。神戸に本社を置くU社。関西では圧倒的なシェアと聞くが、こちら関東となると、同じ珈琲会社でもK社を使う店の方が多いから、この辺りでU社の珈琲を出す店は少ないかも知れない。
担当営業は幾度も変わったけれど、現在のT君は、その中でも一番長い。もう四年程になるだろか。実家が隣町と云うのでこの辺りのことに詳しく、またアライグマのよな、ずんぐりころんとした風貌も、快活で朗らかな人柄も親しみ易い。担当営業の変わる理由は様々と想うのだが、大抵は、神戸本社から地方の営業所へ来て幾年かを経験し、エリア担当などを経た後に本社へと戻る。転勤で他所の営業所へ移る。そして、本人がU社を辞めてしまう、と云った辺りで、T君の前に担当して居た人たちの内、一人は転勤。二人は本社へ戻り、二人は退社であったと記憶して居る。
そして、いつ頃からだったろか。伝票などに記されて来るU社の名称が、”U珈琲” から ”Uフーズ”へと変わったのは。T君が担当となってから、やや暫くした頃だろか。それまでは配達も担当営業が受け持って居たのが、委託された配達業者が運んで来るよになり、注文した商品に度々間違いが起こるよになり、必要の無い冷凍食品だのレトルト食品のカタログが届けられるよになり、配達に関わらなくなったT君とは、月末の集金のときに顔を合わせるだけとなり、そんな諸々の変化が苦々しく感じられながらも、いつの間にか当たり前のこととなって久しかった。

先月末のと或る日。午後から集金に伺います、と連絡があったのだが、こちらの都合で集金日をずらして貰うこととなったため、T君が集金に訪れたのは、それから三日後の夕刻であった。いつものよに支払いが済んで領収書を受け取り、他に用事は在るのかと訊ねると、今日はここだけだと云う。たまには珈琲でも飲んでいったら?T君は真ん丸の顔を綻ばせて、ええ是非。とカウンタに腰を下ろした。近頃は冷凍食品のチラシが矢鱈と多いけれど、ウチはそう云うのは使わないからなぁ。珈琲を差し出しながら、何気無く口にしたのだけれど、それを聞いてT君は溜息をつき、それから堰を切ったよに、U社と営業所の現状を語り始めた。聞けば、各営業所の管轄は数年前、U珈琲から同列会社で食材の扱いを主とするUフーズへと変わったのだと云う。以降、コンサルタントの指導とやらで、営業所の役割は本来の珈琲そのものよりも、大口の外食産業向けのレトルトや冷凍食品など、加工食品寄りにシフトしてゆき、人員も削減。現在の営業はT君を含めてたったの三人となってしまい、それ故、各店(特に小さな個人店)へのケアが充分に出来ない状況らしいのだ。どうりで不手際が多かった訳だ。コンサルタントと云うのも、U社が融資を受けて居る銀行関係からのもので、兎に角、徹底した利益追求の成果至上主義。個人の珈琲店など、顧客との密な信頼関係を大切にしてきた従来の社風を、真っ向から否定するやり方である。
「実は僕、珈琲が好きでU社に入ったんですよ。僕が入社した頃は、豆の選別から焙煎から抽出から、兎に角、珈琲に関する色んな知識をしっかり研修で勉強させられた。それが今では社員は現地採用で、僕らみたいな研修も無くて、珈琲に興味なんかなくても構わないと云う気風なんです。同期は百人近く居たんですけれどね。リストラになったり、途中で変わった社の方針に耐えられなくなって、半分以上が辞めてしまった。」
皆が折れてしまった中で、T君はどうして辞めなかったのだろか。野暮な問いとも想ったが、ちょっと聞いてみたかった。
「ほら。僕って、こう云う性格でしょう?あまり深く考え込まないから、他の皆みたいに思い詰めることがなかったんですよね。僕だって、今の方針は大嫌いです。憤りを感じないなんてことは無いです。少し前までは珈琲豆を量って居たのが、今は何が哀しくて冷凍肉を量らなきゃならないって。そもそもウチは珈琲屋じゃないですか。こんなので珈琲屋って云えますか?お客さんも変わりました。昔は喫茶店であったところが、どんどん食事主体の店になってしまって居て、酷いところなんか、もう珈琲止めちゃってる。このお店みたいにちゃんと豆揃えて、サイフォンで一杯ずつ淹れて、料理も全部自分のところで仕込んで作って居るところは本当に少ないです。他所は皆、バイトでも誰でも同じに作れるって云うので、加工食材とか冷凍物ばかりですから。もっと楽な食材無いの?とか、もっと単価の安いの無いの?とか、聞かれるのは珈琲のことじゃなくて、そんなことばかりで嫌になります。」
人員が削減されたことで、当然各々の仕事の量は激増し、方針が変わったことで、要らぬ負担にも忙殺されるよになった。でも同じ大変さ、同じ忙しさでも、珈琲に関わることであれば、それは苦痛でも負担でも無く、むしろ愉しかったとT君は云う。
「昔は営業車にドリップ用具一式積んで、お客さんのところ廻って居たんですよ。新しい豆を紹介したりして。営業所でも、ちょっとの暇さえ在れば、ラボで自分なりの淹れ方の勉強してました。この豆はこうした方が旨くなるなとか、この豆は細かく挽いた方が特徴が出るなとか。」
配達を担当営業本人ではなく、委託業者が受け持つことによる支障も多々在る。現に発注した商品と納品された商品が違って居たり、発注からもれて居たりと云うことが目立って来て居る。以前ならそんなことは殆ど無かった。担当営業が得意先の使う品物をしっかり熟知して居たから、仮に荷詰の際におかしな商品が混じって居ても、是はもしや間違いじゃないかと、すぐに気付くからだ。また、私も常々感じて居たことであるが、営業本人が納品を受け持つことで、商品について詳しく聞くことができたし、疑問に感じて居たことなどもすぐに答えが得られる。ちょっとした世間話の中にだって、意味が在り収穫も在る。しかし何よりも。単なる商品の受け渡しだけでは無い、人と人との繋がりが、確かに其処には在ったよな気がするのだ。納品だけの配達業者には無論、細かなケアもできない。きっと昔から付き合いの在る珈琲店などの中には、不満と感じて居るところも在るだろうし、中には、こんな風ではお宅と取引を止めるよ、と云い出すところもあるのじゃないだろか。
「勿論在ります。担当が珈琲のイロハも知らない若い奴なんかだと、特にそうなんです。豆のこと聞かれても何も答えられない。叱られて帰って来ます。当たり前ですよね。あいつじゃ話にならないからって、僕が呼ばれて行くこともしょっちゅうです。でもそれが今の社の方針だから、仕方が無い。もう取引を止めたいと云うお店には、本社から珈琲の知識の豊富な人が来て、其処を何とかって説得するんですよ。全く馬鹿みたいでしょう?本当に哀しいですよ…。」
それから暫くして、T君がU社に入った経緯の話になった。元々ジャマイカなどのルーツ音楽が好きだったT君は、毎年野外で行われて居たフェスティバルを愉しみにして居り、その会場でいつも、ジャマイカとの親善大使的な人物として開会の挨拶に来て居たのが、U社の東京支部のお偉いさんで、就職するなら此処だ!と想って居たのだと云う。また随分と突飛な発想をしたものだ。
「単純って云えば単純なんだけど、でも何だかピンと来たんですよね。同じ大手の珈琲会社ならK社も在ったけど、何せU社は、ジャマイカに自社農園持ってるから。嬉しかったんです。それに、もしかしたら研修でジャマイカに行けるかも、なんて考えたら愉しくなっちゃった。」
実際、ジャマイカ研修は叶わなかったが、自分の好きな国に農園を持ち、その国の豆を扱う会社に入ったことがとても嬉しかった。数年前、念願の研修でベトナムへ行ったときは、人々に珈琲のしっかりと根ざした日常の在ることが、羨ましくも嬉しかった。学生時代は喫茶店でアルバイトをし、暇な時間ができるとマスターに了解を得て、シルバースキンと呼ばれる、僅かに残ったコーヒー豆の溝の部分の薄皮を一つ一つ、丁寧に根気強く取り除いて居たと云う。「それをマスターに頼んで、自分で淹れさせて貰ったんです。物凄く旨くて、感激したなぁ。本当にびっくりしますよ!」
他にも、恵比寿の駅前のルノアールが好きで、友達との待ち合わせはいつも其処だったこと。スマトラの災害以降は、年々マンデリンの確保が難しくなってくるであろうこと。奥さんの妹が昨年ペルーを旅した際、チチカカ湖の浮島に一ヶ月住んだと聞いて、自分もそうやって何処かへひょいと旅に出られたら良いなと想ったこと。新たに開業しようとする人が、あまりにも珈琲に無知で呆れてしまうこと。チェーン展開のシアトル式カフェばかりがもてはやされることへの失望。大手の外食産業のいい加減さ。等など。こんな風にT君から自分自身の話を聞くのも、腹を割って話すのも、想えば初めてだったのではなかろか。
「珈琲って美味しいものなんだけどなぁ。最近の若い人なんかは特に、ドリンクバーの泥水の上澄みみたいな珈琲飲んで育ってるから、あれが珈琲なんだと想ってる。あんなの珈琲じゃない。あんな粗悪な薄っぺらいのを美味しいなんて云う人たちが、レギュラーコーヒーを飲んで ”酸っぱい” とか ”苦い” とか云う。だから嫌いって。そんなの当たり前じゃないですか。珈琲って、酸味とか苦味とかで出来て居るんだから。僕、あんなマシン、この世から無くなれば良いのにって、いつも想いますよ。」
T君は熱を込めた早口でそう云い終えると、カップに残った珈琲をぐっと飲み干した。
「実は物凄く久しぶりだったんです。こんなに沢山珈琲の話をしたの。本当に久しぶりです。会社の方針が変わってしまって、珈琲が好きで入ったのに、珈琲のことから離れてしまって居て。僕ね、やっぱり珈琲屋の営業って、こんな風じゃなきゃ駄目だと想う。お客さんと直接向き合って、こうやって話をして。今の会社的には無駄な時間なんです。目に見えてすぐに出る成果じゃないから。でも、そのときはすぐに目に見える形にならなくても、一見無駄に見えても、後々何かに繋がってゆくことって、実は大切でしょう?繋がりって云うのかな。信頼とか、人と人とか。そう云うのが在ってこそ、珈琲を扱う会社の意味が在るんじゃないかな、って。珈琲ってものが、そう云う目には見えない、色んなもので出来てるものだと想って居るんです。」
珈琲は只の嗜好品、只の飲み物では無い。其々に味が在って、其々の一杯の中に、憩いや安らぎ、慰めや活力が在る。打ちひしがれたときに口にする一杯。気持ちを切り替えたいときに口にする一杯。ほっと人心地つくための一杯。そう云う目には見えないものを、一杯の珈琲はいくつも内包して出来上がって居る。だから私たち珈琲を淹れる者は、その目には見えぬものの存在を、決して忘れてはいけないだろうし、いつも心に留め置いておかねばならないのだ。
「近頃はきちんと淹れたレギュラーコーヒーを、落ち着いて飲めるお店が本当に少なくなりましたねぇ。」
心地良い連帯だった。珈琲なんて、もしかすると無くても良いもの、無駄なものなのかも知れない。けれど、人が人らしく生きるには必要な無駄も在るのだ、と私たちは想う。”無駄な無駄” ではなくて、"無駄ではない無駄" が。Aちゃんの淹れた二杯目の珈琲を、互いの話に頷きながら、三人横並びで飲んだ。珈琲が好きで、珈琲に情熱を傾ける人が、ちゃんと居る。世知辛さに腐らずに、しっかりと踏ん張って居る。そう想うと、何だか嬉しかった。


いつの間にか二時間近くが経って居た。例の指導により、二十時退社を義務付けられて居るため、早く戻らねばならない筈のT君だが、構いやしません、と笑う。そう云えば知らなかったな、と想って訊ねると、T君は三十一歳だと云った。私から見れば未だ充分に若いけれど、実にしっかりと芯の在る、今時に珍しい類の青年だなと想った。素っ頓狂で突飛なところも、それはそれで味が在る。何より、屈託無い天性の明るさが羨ましかった。彼のよな青年を見るのは、何だか久しぶりだった気がする。も少しがんばって、いっそ会社を辞めて起業したら良いのに。
「僕はきっと向かないです。決断力が無いから。ここぞと云うときに、迷ってしまう方なんです。何かを切り捨てなければならなくなっても、僕には出来ないと想う。人でも何でも、すぱっと切れない。情が先に立ってしまうんですね。会社を立ち上げたら、きっとそう云う局面が在るでしょう?だから僕は、歯車の一個としてしっかり、自分なりにがんばりたいなと想うんです。」
U社にしろ、この店にしろ、世相を反映して厳しいことに変わりは無い。T君は、会社の変革に対して不満は山程在るけれど、でも諦めては居ないと云った。一旦変わってしまったものが、すっかり元通りになることはなくとも、それでも諦めずに居れば、いつかは良い風が吹く。あと数年の内に少しずつ良くなって来るかな。もう暫くの辛抱だね。お世話様、今日は色んな話が聞けて良かった。気を付けてね。帰り際T君は、いいえ。こちらこそ嬉しかったです。そう云って丸こい顔を綻ばせ、ぺこりと頭を下げた。「珈琲、美味しかったです!また宜しくお願いします。」


翌日は穏やかな心持ちで、Aちゃんも私も、恐らくは心の中に昨夕の想いを留めたまま、仕事場に立って居た。
「今の若い人は夢を持たないんですね。周りを見ると大抵は、何でもかんでも、もう諦めちゃってる。夢って漠然とした言葉だけど、漠然として居ても良いから、そう云うものを心の中に持って居たら、人生が明るく想えるじゃないですか。もう少しがんばってみようとか、いつか良くなるとか。」
いつものよに珈琲を淹れながら、ふとT君の言葉を想い返した。心の中の小さな灯りを持ち続けることの大切さを、しみじみと感じ入る。

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