双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

冬の動物園

|小僧先生|

先生と二人、連れ立って動物園へ行った。
予ねてより約束をして居たのであるが、
電車で隣町まで出掛けて、先ず食堂にて
ワンタン麺を食べ、それから大通りへ出て
バスに乗り、動物園前で降りると、暫く
緩やかな長い坂道を登る。小高い山の上の
動物園は、辿り着くまでも園内へ入っても、
起伏に事欠かず、あちこちが坂だらけだ。
最後にここを訪れたのは、もう十年以上も前の、
確か、遅い花見の頃であったか。夜間も開放
されて居たところへ、ひどく生暖かな風の強い
夜に出掛けて、桜の花びらが狂ったよに舞って
居たのを、ふと何気無く想い出した。尤も、
子供の頃は、しょっちゅう来て居たのだけれど。
入り口の門周辺と、園内の一部の設備は改装されて
すっかりきれいとなり、リャマやラクダ、海獣
見当らないなど、動物に多少の入れ替わりは在った
風だが、その他の部分は数十年前と殆ど変わり無く、
程好い塩梅の寂れ加減なのが良い。この日は丁度
年内最後の開園日と云うこともあってか、親子連れ
などが目立ち、来園者もそこそこ居る様子である。


「先生。私はロバが好きです。」
「ふむ。ロバは良いな。」


「ここ、今じゃ広場になって居ますけれどね。
昔はアリクイが居りまして、蟻塚も在ったのです。」
「どうしてそんなことを知って居るのかね?」
「私が子供の頃は、しょっちゅう来て居ましたから。」


先生はゴリラの前まで来て腕組みし、立ち止まる。


「君、子供だったのかね?」
「今は大人ですが、ずっと昔は子供でしたよ。」


先生はゴリラの背中を、じいと見たまま云った。


「動物園は、愉しかったかね?」


私は、剥げかかった壁画を眺めながら答えた。


「ええ。愉しかったですよ。」


それからカバの所まで降りてゆき、キリンだの
ライオンだのトラだのを、ぐるぐると見て廻った。
サル山で丁度、おやつの餌付け体験が行われて居り、
其処で飼育員から手渡されたパン屑とバナナを、
先生は慎重に几帳面に。ちぎりちぎり真下へ落とす。


「もっと遠くへ飛ばさないと。ほら、こうです。」
「君、随分と上手いこと遠くへ投げるじゃないか。」
「そうですか?小学生の頃、ゴールキーパーでした。」


一周りも二周りもして、再びカバの所へ戻って来ると、
風が出て、雲行きも怪しくなってきたので、そろそろ
出ましょうかと促すと、先生は暫し考えた後、こくり頷く。
帰り際、門の手前で小猿を抱えた飼育員に出くわし、
それを抱かせて貰った先生は、すっかり満足の様子となって、
動物園を後にした。並んで元来た坂道をゆっくり下る。
急な所でトトトと早足になった先生の背中には、その
半分程もある丸こいザックが、ずっと乗っかって居た。


「なぁ君。また、連れて来てくれ給え。」
「あたたかくなったら、また来ましょうか。」
「寒いのも良いものだぜ?」
「冬の動物園、ですか。」
「ああ。冬の動物園さ。」

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