双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

或る月曜

|散策| |雑記|

洗濯と掃除を済ませて時計を見やると、
午後の二時となって居た。考えてみたら
ここ暫くは、ずっと出掛けて居なかったな。
風は少し冷たい。ダッフルコートを羽織り、
マフラーをぐるりと巻いて身支度。家を出、
駅まで歩いて電車へ乗る。昼下がりのがらんと
した駅。とろりと眠た気な車内。新米であろう
歳若い車掌青年が、律儀に大きく確認の声を
出して居る。低過ぎず、良く通る爽やかな声色。


隣町の駅前。新たな工事の防護壁が続く。
広場はイルミネーションで飾られ、隣接した
某銀行の外付けのスピーカからは、大音量で
宝くじのコマーシャルが、延々流されて居る。
信号を待って居ると、出張のサラリーマンだろか。
年の頃二十代後半と思しき、二人連れの片方に
「あの〜、この近くにスタバって在ります?」
と訪ねられる。そら来たぞ。スタバが何処にでも
在ると想って疑わぬ輩が。生憎在りませんよ
と答えると、二人とも大の大人のくせして
「え〜っ!」 などと大袈裟に困惑するので、
スタバは在りませんが、ドトールなら在ります
と教えてやる。この際仕方無し、と云った風の顔。
ここの景色は真新しいばかりで、でっかくて無機質で、
ちいとも愉しくなんか無い。大型店の間を抜け、
その先の大通りを渡ると、見慣れた商店街が続く道。
シャッターの降りた店が半分以上だが、それでも
ちゃんと商いを続ける店も在る。酒屋に手芸店。
薬局、洋品店、古本屋。歩きながら、ふと想い出す。
昔、この界隈には一軒のスーパーマーケットが
在った。日曜日に友達らと連れ立って出掛けては、
其処で七十円のコロッケサンドとシャーベット風の
飲み物を買い求めるのが、愉しみの一つだったものだ。
その脇道を入ったところには、女学生向けの雑貨屋が
二軒在って、お洒落な文房具だの小物だのが、小さな
狭い店内にぎっしり並ばって居たっけな。片方は
ちょっと子供っぽくて。もう片方は、お姉さん向きで。
お小遣い遣り繰りして通った。いつ頃まで在ったろう。
今ではどれも皆、跡形すら無くなってしまったけれど。
茶店Yへと向かう途中、何やら妙な違和感を覚えて、
一旦立ち止まる。あれ?何か、変…。
嗚呼、そうか。映画館が無くなってしまったのか。
最後にここで観たのは、高校の卒業式の日。丁度
映画の日だったな。近くのパン屋(是ももう無い)で
ラスクを買って、友達と四人でしみじみしたんだ。
ニュー・シネマ・パラダイス』 と 『ステラ』 の
二本立てだったの、今でもずっと憶えて居る。
古くて立派な佇まいだったけれど、随分前に閉館して
暫くそのまま放置されて居たのが、いつの間にか、
隣に建った大手マンションの駐車場となって居た。
色褪せた界隈には何だか不釣合いな、ぴかぴかの
高層マンションは、その後ろに二棟目を建設中。


三時を少し廻った頃、喫茶店Yへ辿り着く。
近くのパチンコ店帰りと思しき小父ちゃん連が、
一角に陣取って珈琲飲み飲み、よもやま世間話。
その手前には、買い物帰りのお婆ちゃん連。
独り新聞を読む、タクシーの運転手さん。
いつもの、この店の、昼下がりの風景。
「暫く見えませんでしたね。お元気でしたか?」
おしぼりと一緒に、さっと置かれた灰皿。
「珈琲はブラックでしたね。」
たまにしか寄れぬ一人の客を、ここのマスタアは
ちゃんと心に留めておいて下さる。本当に有難い。
遅い昼に珈琲とホットサンドを頂き、久々に
ゆったりとして、心地良く緩む。ここ暫くは、
何かときりきりしたことが多くて、知らぬ間に
ぎゅうとなって居た。こんな何気無い時間が、
如何に大切であることか。街からこんな風な店が
どんどん消えてゆき、どれも似たよな顔した
チェーン展開の今様の店に、取って代わってゆく。
新たに入って来た、二人連れのお婆ちゃんたち。
「マスタア。あたし、紅茶ね。この人はココア。」
「駅前までじゃ、買い物も大変でしょう?」
そうよぉ。何処へ行くのにも歩きだからサ。
○○とか××とか。ちょっと前までは、近くに
食料品の店が在ったのに、皆無くなっちゃったもの。
年寄りの足じゃ、駅まで行くのも不便なのよ。
小父ちゃんたちやお年寄り。それに、今の世の
早過ぎる潮流に付いてゆけぬ、私のよな人間も。
この店がここに在ってくれることが、果たして
どれだけの人々の拠り所となって居ることか。


会計を済まして外へ出ると、空はもう暮れかかって、
薄い群青色に滲んで居た。途中で手芸店へ寄り、
特売の廃盤毛糸を幾つか買い求める。駅前の風景が
白々しいのに変わりは無いけれど、何故だろ。
不思議と気にならなかったのは、ついさっきまでの
ほんの数時間が、ささくれ立って固まりかけた心を
解いてくれたからだろか。足取り軽く電車に乗って帰り、
それからバスで祖母の病院へ向かうと、丁度夕食を
終えたばかりのところで、いつも通りH叔母が居た。
点滴も酸素もすっかり外れたせいか、元気そうで、
小一時間程おしゃべりし、H叔母と一緒に帰る。
「あんたも夕飯まだでしょう?ラーメン食べて帰ろう。」


叔母と並んで廊下を歩きながら、仕舞ったておいた
マフラーを出そうと鞄を開けると、行きがけに駅で
貰って来た、18きっぷのチラシが出て来た。
嗚呼。またいつか、ゴトゴト電車に乗って出掛けたい。
あたたかくなったら、何処かへ行けるだろか。

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