双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

沖縄旅日記 (2)

|旅|


[一月七日:読谷村牧志界隈]
朝早くに目が覚めたものだから、ロビーの一角に設けられた図書スペースへ。読谷についての記事の載るローカル誌など。数冊見繕って、短くメモに書き付ける。天気は、曇りと晴れの間で揺れて居る様子。朝食を済ませて身支度を整え、再びロビーへ下りると弟がレンタカーの手配を確認中。美ら海水族館へ出掛ける皆より一足お先に宿を出て、独りバス停へ向かう。いざ、読谷村へ。


午前九時を少し廻った頃。定刻通りにやって来たバスの番号を確認し、ひょいと乗り込む。見知らぬ街でバスに乗るときはいつも、妙にわくわくするのは何故だろか。バスは見慣れた国際通りを進み、やがて国道58号線へと入ってゆく。海沿いを走る、広い広い道路。国道に入って暫くの間は、米軍施設などを除けば、何処の国道にも共通のありきたりの風景が続いて居たのだけれど、やがて宜野湾辺りに差し掛かると、急に風景が変わった。いつか何処かで見たよな、色褪せて止まってしまったよな、異国の海沿いの風景。ぼんやりともやのかかった、薄い淡い色彩。とろりとした時間。ここは何処なのだろ…。やわらかな眠気をさそう、昼寝の延長のよな、やさしい風景。
うとうとしながらバスに揺られること、約一時間。親志の停留所に到着したものだから、慌ててバスを降りる。停留所前の販売所にて、やちむんの里への道を尋ねると、おばさんはおやつを食べて居たらしく(笑)、もぐもぐしながら後方を指をさす。おばさんのさした方向へ、てくてくと。読谷の空はきれいに晴れて、風が心地良く、散策の足取りも軽い。十分程歩いた頃だろか。標識が見え、間も無しに 『やちむんの里』 に到着。
やちむんの里は、静かな森の中に在って、ぐるりとなった石畳の道沿いに其々の窯元が点在して居る。手前から順繰りに立ち寄ってみることにした。未だ十時を半時程過ぎたばかりだから、人はまばら。ゆっくり落ち着いて廻れて良い。大きな登り窯の辺りで、仔猫が声を掛けて来た。暫し戯れる。
そもそも、私がやちむんに興味を持ったのは、一昨年、鎌倉 『もやい工藝』 にて買い求めた器がきっかけだった。特にやちむんを目的で訪れた訳では無く、棚に並んだ様々の器の中で、ぐぐぐと心の惹きつけられた器が、やちむんであった訳なのだけれど。気になって、帰り際にお店の方に尋ねたところ、それらが沖縄の焼きもので、私の買い求めたものは北窯のと、もう一か所は耳慣れぬ名前だったものだから、上手く聞き取れず失念してしまったのだが、小さな窯元ので、何れも読谷村のものと云うことであった。何故こんな風に、すうと心へ入ってきたのか。読谷を訪れた理由は、恐らく、何よりもそれが知りたかったからかも知れない。
登り窯の猫と別れて道なりに行くと、今度は北窯に辿り着く。やはり大きな窯元で、多くの人々が作業して居る。敷地の中には鶏小屋が在って、其々に居眠りしたり、餌をついばんだり。ここでは、鶏ものんびりなのだなぁ。北窯の売店を覗いた後、その先へ進むと、二股に分かれた小道の手前に、黒猫が佇んで居た。「おい、猫やい。」 声を掛けると、猫の奴。急に身を起こして、ついて来いとばかりに道をゆく。「横田屋窯」 と書かれた木の立て札。細い未舗装の上り坂の向こうは、鬱蒼と木が生い茂って居て、先が見えない。私が躊躇して居ると、振り返っては 「みゃあ。」 と鳴く。仕方ないなぁ、とついてゆくことに。坂を登ると、道はくねくねと続いて居た。先をゆく猫は、途中途中で立ち止まり、振り返っては確認する。さては、道案内でもして居るつもりなのだろか。大した奴だ。どこまで続くのかしら…と不安になってきた頃。木々の向こうに、屋根らしきが見えてきた。猫は水溜りの水など、暢気に飲んで居る。こじんまりした敷地の入り口には、テントが設けられて器が並ぶ。つらつらと眺めて居ると、作業場と思しき建物から人が出て来た。
「こんにちは。どうぞどうぞ、中も見てって下さい。」 ほっとして、中に入ると、ずらり。所狭しと器が並べられ、小さくラジオがかかって居た。湯呑を一つ、手にとってしげしげ眺めて居ると、ふつふつと不思議な親和が沸き起こる。この絵付け。この色味。この手触り。何なのだろ、この感じ…。
「女の人が独りでここまで上がって来るなんて、珍しいんですよ。勇気あるねぇ。」「あ、あの〜、猫に案内されて」 聞けば、つい先頃に窯出ししたばかりなのだとかで、丁度今、お店に発送する器を箱詰めして居たのだと云う。「どちらのお店に送られるのですか?」 何気無く尋ねると、意外な答えが返ってきた。「鎌倉です。」 え、鎌倉?もしや 『もやい工藝』 さんでは?? 「あ、ご存知ですか?横田屋(ゆくたや)窯と読むんですが、うちと北窯さんとは、あちらで扱って貰って居るんですよ。」 そうか、そうだったのか! 私が日々使って居る、あの湯呑。あれはこの人が焼いた湯呑だったのだ・・・。先程立ち寄った北窯の売店にも、私の湯飲みに良く似たものが在った。けれど何れも絵付けの感じや色味、形などが微妙に違って居て、あれはもう片方の窯のものなのかなぁ、と想って居たのだけれど。それにしても、こんなことが在るのだなぁ。猫の誘いが無ければ、恐らくは躊躇して、ここまで訪ねて来ることは無かったろう。何と云う出遭いであることか。どきどきと胸が治まらず、湯呑を手にしたまま、暫し気が遠のく。そこへ奥さんがやって来て、声を掛けられ、ようやく我に返った。「聞きなれない名前だったので、つい忘れてしまったのですが、もやいさんで見付けた湯呑。こちらで焼かれたものでした。そうとは知らずに、とても気に入って使って居て、本当に偶然こちらへ…」 偶然と云う言葉を自ら口にした後、私はふと想う。これも、もしかすると 「必然の偶然」 なのかしら。
今から休憩するから、一緒に珈琲でもどうぞ。奥さんに促されて表へ。ご夫婦は知花さん。この窯はご夫婦二人だけで、こじんまりと切り盛りして居るため、窯出しは年に二回程しか行なわれない。知らなかったとは云え、実に恵まれたタイミングでの訪問であった。今回は窯出ししたばかりで、もう忙しくってねぇ。そう云う奥さんの口調は、朗らかでやわらかで。本当に忙しいのだろうけれど、そんな風には聞こえないのが、ちょっと可笑しい。と、そこへ一台の車がやってきて、中から大柄な男性が降りて来た。手には何やら、果物のよなものを抱えて居り「@#!=&%$……」「あら〜!」昨日のゆんたくおばあたちとは、また一風違った、今度は早口の不思議な言葉が、静かな森に朗々と響く。男性はご主人の従兄弟で、採ったばかりの青いパパイヤを届けに来たのだとか。従兄弟氏も珈琲のテーブルに加わり、愉しい森の時間が、のんびりゆるりと過ぎてゆく。

          <続く>

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