双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

沖縄旅日記 (1)

|旅|


[一月六日:出立 〜 那覇]
夜も明けきらぬ午前四時。冬の早い朝の刺すよな冷たさに、固く身を縮こませ、羽田へ出立。数時間後に羽田を飛び立った飛行機は、南国沖縄へ。冬から春先へ、ひょいと季節が移動したかのよな暖かさ。
空港から宿へは、ゆいレールで移動。小僧先生、大興奮。この度の宿は、弟夫婦が手配してくれた宿で、ゆいレールの県庁前駅からは、目と鼻の先。賑やかな国際通りより数本裏手の立地に、心安らぐ落ち着いた佇まい。その上、利便性も良しときて居るので、実に申し分無い。チェックインまでは時間が在るため、一旦フロントに荷物を預け身軽になってから、宿の食堂にて昼食を済ませた後、再びゆいレールにて首里へ向かうこととする。それにしても、この気候で冬とは。

首里城は只今、修復工事の最中であったので、一部見学が叶わなかったものの、べんがらの見事な正殿の装飾は鮮やかに美しく、石畳の敷き詰まった御庭をぐるり、四角く歩く。さながら、小さな紫禁城と云った感。内部は、靴を脱いだり履いたりしながら見学。展示物に歴代の琉球国王らの肖像画が。ちいと好みの、様子の宜しい王様を見付けたのだが、何代目であったのか失念(笑)。*1其処此処に立つ、古の装束姿の係員の人を見るにつけ、小僧氏が 「王様!」 と駆け寄って困る。小一時間程見て廻り、守礼門から坂を下って見学終了。門のすぐ隣には小学校が。世界遺産に隣り合う小学校とは、何とも羨ましい環境であるなぁ。と、ここいらで、幼児である小僧先生が休憩を要求。散策を兼ねた駅までの帰り道、今様のカフェにて一服することとした。木陰のテラス席は風が心地良く、皆で暫し憩う。まったり。

そうこうして居る内に、丁度良い頃合でチェックインの時刻となり、ゆいレールにて戻ることとなったのだが、ふとした想い付きで、私独りが安里にて下車することをお許し願う。駅を出て間も無し、通りをちいとばかり入ったところが栄町市場であった。市場の入り口は薄暗く、何かしらむうっと、怪しくも心惹かれる空気を発して居り、どきどきしながら其処へ吸い込まれてみる。四方僅か100m程の囲われに、文字通りひしめくよにして並ぶ、様々の店々。仄暗さに目を凝らせば、そこは時代も国籍も曖昧な、猥雑と混沌の溶け合うまどろみの異空間であり、色褪せた時間が、まったりと流れて居た。ガラクタだらけの古物屋。裸電球のぶら下がった肉屋のケースには、馴染みの薄い部位がズラリと並び、猫が寛ぐ。おばあの居眠りする洋品店では、凡そここでは必要なかろうと想われる品。例えば遠赤ぽかぽか靴下だの、あったかサポーターだのと云った防寒品が、三枚で四百円のズロース等と共に、錆びたワゴンの上に。いつしか気が遠のいて、時間の感覚が鈍り、ぼんやりふらふらと彷徨い歩いて居る内に、何処かからトム・ウェイツが流れて来る。はて、幻聴か?否、そうでは無い。どうやら音の源は、その先の酒場。壁面が二面きりの扉も何も無い一坪程の店は、古びたカウンターの隅にお客が一人。その斜向かいの店からは、ニール・ヤングが流れて重なり、そしてまたその少し先の八百屋では、数名のおばあたちが店先に出した椅子に腰掛け、何やら野菜の皮むきなどしながら 「@#!*;\%?さ〜。」 まるで異国の言葉で語らう光景。こう云うのを、沖縄では 「ゆんたく」 と呼ぶのだそうだが、井戸端だとか世間話だとかよりもずっと、その場の雰囲気や、のんびりした光景そのものがぴたり当てはまる、とでも云うのか。情景と言葉とが、これ程絶妙に重なる云い方も無いよに想える。ゆんたく…。
よろよろとその場を離れるも、トム・ウェイツニール・ヤングと不思議な言葉とが、渾然一体となって白昼の魔窟でとろり溶け合い、頭がゆるゆるとしてくる。そうかと想えば、喫茶店の隣では、誰に聴かせる訳で無し、良い塩梅に朽ちかけたおじいが一人、三線を爪弾く。嗚呼、そうだ。この場所のグルーヴは、さながらブルースだ…。いつかのニューオリンズでも、これと同じ、白昼のゆるゆるを体感した気がする。同じ所をぐるぐる回ったり、袋小路に入ったり。この魔窟に迷い込んでから、はて。どのくらいの刻が経ったのやら。気付けば、空の下へ這い出て居た。市場にはつきものの騒々しさ、活気やら威勢やらとは程遠く、かと云って、どんよりと澱んで居ると云うのでは無い。何と云ったら良いのか。兎に角、まったりとゆるゆるとブルージィなのであり、其処へ放り込まれた旅人は皆、異邦人なのである。魔窟の外でも、縁石に座り込んだ路上の人々が、其々の胸に猫を抱えて、ほのぼのとゆんたく中。ちょっとした時差ボケにも似た、不思議な感覚に捕らわれる。
知らぬ間に纏わりついた、仄かに心地良い虚脱感を携えて界隈を後に。大きな竹下通りのよな、騒々しい国際通りを避けて、裏道をてくてくの帰り道は、くねくねと坂を上ったり下りたり。其処が何処やら分からぬまま歩いて居たら、桜坂劇場の前に辿り着いた。蔦の絡まるお隣のカレー店からは、うっすらと香しい匂い。桜坂劇場前のベンチを拝借して、小休止。煙草の煙が南の風に乗って、穏やかな空へと消えてゆく。人も猫も坂を上り、下り、休む午後。その後は、牧志の市場の辺りや浮島通りを、行きつ戻りつ散策しながら、宿へと戻る。皆はだいぶ前に戻って来た様子で、めいめいの荷を解いて一息ついて居た。もう、夕暮れ刻。



夕食は宿の近く、国際通りに面した、有名店Sを弟夫婦が事前に予約して居たのであるが、これに関しては割愛(苦笑)。まぁ、観光客相手の店と云うものは、概ねそんなものと割り切る。その後は、ぶらぶら散策しながら宿へ戻り、風呂へ入った後、母と二人して、散策の途中に見掛けた珈琲店へ出掛けることに。国際通りに在りながら、其処だけは凛とした佇まいの珈琲店。地下へ続く階段を下りてゆくと、スペイン風の造りの古びた店内は、表の喧騒からは切り離された静けさに包まれ、スパニッシュギターの、澄んだ音色が心地良い。母はトラジャ、私はマンデリンをお願いする。この日最初で最後の、美味しい珈琲を口にする仕合せ。歩きつかれた足をしっかり休め、ぐっすり眠って充電せねば。明日は読谷へ。

*1:第十七代国王:尚灝王だった気が。

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