双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

宿無し

|猫随想|


今朝、店を開けて少し経った頃。めいめいの
珈琲など飲みながら、丁度おまるのことなど、
ぼんやり考えて居たときであった。
「びゃあ。」 表から声が聞こえた。
「おまるが戻ってきた!!」
Aちゃんも私も、ふるふるとなって外へ飛び出た。
確かにおまるだった。何事もなかったかのよな顔して。
しょぼしょぼの小さな体に、どんぐりみたいな眼して。
私はかつて、自分の飼い猫以外の他所の猫へ、
こんな風な心持ちを抱くことなど無かった気がする。
自分でも意外で、些か動揺して居るくらいだ。
おまるは昼近くまで、いつものよにポーチの日だまりに
寛ぎ、それから散歩へ出掛けて、夕暮れの頃、
再び律義に戻って来た。と、そこへ近所の年配女性が
犬の散歩で通り掛かり、見ればこちらへやって来る。
「あら、その猫。ここに居たのね。」
「何処の猫だか、御存知なんですか!?」
「先月、火事で焼けた家在ったでしょ。あすこの猫よ。」
嗚呼、何と云うことだ。丁度、ひと月程前のことか。
近くで早朝火事が在り、古い木造平屋の老夫婦の家が
全焼した。幸い老夫婦は逃げ出し、助かったのだが、
まさか猫が居たとは…。聞けば何でも、この老夫婦。
おまるの他にも、全部で五〜六匹程の猫を飼って居り、
住処を失ってしまった猫らは、散り散りになりながら、
其々に付近をうろついて居るのだと云う。また、
火事によるものか否かは知らぬが、老夫婦は今も
近くの病院に入院して居り、猫らをどうしたものか、
近所の人たちも困惑して居るらしい。女性の話では、
他の猫らについては良く分からぬが、おまるの場合、
この近辺を徘徊しては、扉が開いて居れば、ひょいと
中へ入ってきて、座布団の上で居眠りしたり、
膝をせがんだり。皆、困ったなぁとは想うものの、
人懐こく、悪さを働く訳でも無いので、邪険にもできぬし、
かと云って、代わりに面倒を見てやることもできぬし、
とのことであった。そこへ別のご近所さんが加わり
「あら、暫く見ないと想ったら。うちにも来るのよ。」
でも、大抵はここのお店に来て居るみたいだから、
よっぽど猫に気に入られちゃったのねぇ、と。
するとそこへ通り掛かった、また別の女性が云う。
「そんな猫、保健所に連絡しちまえば良いんだよ。」
苦々しい顔で女性が通り過ぎた後、皆で顔を見合わせる。
そうは云ってもねぇ。今後どうなるのか分からないけど、
入院して居るとは云っても、飼い主は健在なのだしねぇ。
やがてご近所さんらが去ると、おまるは大きく伸びをし、
ちょこなんと、いつもの定位置に座り込んだ。
保健所へ連絡することが一体、何を意味するのか。
あの女性は分かって云うのだろか。
確かあの女性の家でも、犬を飼って居る筈だ。
遣る瀬無いのと情けないのとで、心が曇った。


店仕舞いの頃。おまるはまたやって来て、
ポーチの端に小さくうずくまって居る。
そうか。お前は火事で焼け出されたのか。
その歳で住処を失うとは、努々想いもしなかったろうに。
まぁ良いさ。ここは避難所と云うことにしよう。
これからお前は、どうなるのだろ。
いずれは、居なくなってしまうのだろうけれど…。

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