双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

薔薇の乙女殺人事件(時効)

|庭仕事|


「緑の指」 を備えて居る訳では、全く無いのだが、
志半ばにして草花を枯らした記憶は、然程無い筈。
だが、まことに不本意な例外がひとつ。薔薇である。
心ときめかせ手に入れた、乙女の如き薔薇たち。
それが、丹精込めて世話をする程、愛情を注ぐ程に
彼らは何故だか徐々に蒼ざめ、衰弱し、やがて
その短か過ぎる生涯を終えたのだった。ううぅ。
おお。チャールズ・レニー・マッキントッシュ
可憐な乙女と云うよりも、紅顔の美少年と云うべきか。
それに、ミニチュアローズのテディベア。
ふんわりワンピースの似合う、かあいらしいそばかす少女。
殺意はおろか、故意である筈など決して無い。
自然の摂理か。或いは薄幸、病弱の身であったのか。
あえて己に罪を問うとするなら、それは過失致死?
何れにせよ、今となっては知る術を失ってしまったが、
それからと云うもの、たとえ猛烈に心惹かれる薔薇たちと
出遭ったところで、過去の呪縛が悶々と尾を引いて、
そうおいそれと買い求めることが出来ないで居た。
とは云え、全ての薔薇が過失致死に至る訳では無い。
その姿の華麗さとは裏腹に、案外と太っ腹な一季咲きの
フランス美女、ピエール・ド・ロンサール嬢などは
「追い肥を忘れた?ああ、特に問題無くってよ。ホホホ。」
ってな具合に、毎年気持ちの良い程、朗々と大輪の花を咲かせ、
その長過ぎる名に、未だに毎回舌を噛みそになる
アストリット・グレーフィン・フォン・ハルデンベルク嬢も、
濃厚な香りとしっかりした花色が、骨太で強健なドイツ娘
と云った風情で(笑)、伸びるシュートもまた、力強い。
その他、地味ながら素朴な農家の娘、と云った佇まいの
リトル・ルチア嬢は、鬱陶しいアブラムシの若い衆や、
陰気なウドンコ病のオヤジなどに、何かとしつこく云い寄られ
ながらも、主の手を煩わせる訳でも無く、実に健気に
スプレー咲きの黄色い小花を、軒下で咲かせてくれて居る。
そんなこんなで、無念の在りし日より幾年かの月日が流れ、
あの件はもう、時効としても良いのではなかろか?との想いが
頭を過り始めた。そう、私は殺人者では無いのだもの(笑)!
と云う訳で、あえて目に入らぬよに仕舞い込んであった、
苗木のカタログを取り出しては、やれ、レディ・エマ・ハミルトン!
やれ、ティー・クリッパー!などと、目移り必至の思案解禁。
午後になってからは、野暮ったい庭仕事ルックで完全防備し、
普段はすっかり本人らの強健さに甘えて、季節季節に応じた
手入れを怠って居ったのを 「どうもすんまへん。」 と詫び
呟きながら、盛夏の前の軽い選定など、しみじみ行った次第。
いつか、緑の指を授かるその日まで。
遠き永き道のりを、しっかと歩んでゆくのだ。

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