|旅|
[一日目の続き:盛岡着]
間も無く盛岡、とのアナウンスを眠りの遠くに聞ききながら、ゆっくり瞼を開けて、一度ぐっと大きな伸びをすると、鼠色した雨空の中に盛岡が近付く。午後4時半、列車は終点盛岡へ到着。途中花巻に立寄ったにせよ、今朝寝床を出てから、もう半日が過ぎたのだなぁ・・・。実際地図の上で見てみると、ものすごく遠くまでやって来てしまったのが分かるのだけれど、長時間・長距離の移動の疲れは、不思議と感じない。雨に濡れて少し湿ったバックパックを再び背負って列車を降り、まっすぐ駅を出る。
盛岡での宿は 『北ホテル』 を事前にとってある。盛岡県庁のすぐ側とのことなのだが、宿までの道筋は頭に入っては居ても、実際にどれくらいかかるかの距離感が、正直良く分からない。傘をさして人の行き交う開運橋を渡りながら、到着予定の五時までにつくのかしら、などと想う。すると間も無く道は中央通へぶつかり、そのまま右手に折れて暫し。少し遠くに県庁の建物らしきが見えてくる頃には、ようやく地図の上での距離と、自らの足で歩く距離とが重なって、始めはぼんやりと曖昧だったピントが、ぴたりと合う。この感覚が好きだ。
ちょっと寄り道したせいで、予定の五時を少しまわって宿に到着。お部屋は501号室です。穏やかな空気の流れるフロントで宿泊の手続きを済ませ、鍵を貰う。カードキー全盛の中にあって、今時珍しい、あの長方形した棒状の鍵の懐かしい感触。エレベーターの中で長方形をくるくるやりながら、ホッと声に出して、安堵の溜息をつく。用意された部屋は仄かに暖かく保たれ、オフシーズン限定のお得料金故、些か小さくはあれど、これに充分充分。古くともさっぱり清潔な雰囲気も好ましい。先ずはバックパックを床に降ろして、早速に荷物を取り出し整理する。着替えはハンガーに架け、洗面用具は洗面所へ。筆記具などの雑多は、デスクの隅に重ねて並べ、使いなれた目覚まし時計をベッド脇に置いたら、屑カゴへごみを捨てて、窓を開ける。どんなに疲れて居ても、何はさて置き、宿に着いて真っ先にするのはこの一連の作業で、それが何故だかは、自分でも良く分からぬのだけれど、一種の癖のよなものかも知れない。
午後六時。ひとしきり落ち着いたところで、近隣偵察に出ることとした。どうやら件の雨は上がった模様。宿よりほんのすぐの所に 『喫茶 carta』 が在ることを地図で知り、ならばと珈琲を飲みに出向く。暗がりの路地にぽつんと浮かぶ、微かの灯り。小さな店内はひっそり静かで、抑えた音量の音楽以外、物音は殆ど聞こえない。ちいと緊張しながら小さな声で珈琲をお願いした後、手帳を取り出すため、できる限りの細心の注意でもって、ジ、ジジジ・・・とファスナーを開けながら、己のがさつさを、つくづく恨めしく想う。
憩いと緊張の狭間で珈琲を美味しく頂き、花粉の薬をしっかり飲んできたことに感謝しつつ*1、店を後にする。外はすっかり夜の墨色。そのまま中津川沿いに歩いて橋を渡る。肉屋さんの店先に、勤め人風の人びとの並んで居るのを見掛けて、はて?と中を覗けば、どうやらそこで拵える弁当や惣菜を買い求めに来た人々らしく。ふむふむと通り過ぎ、次の角を曲がる。この辺りが紺屋町とのこと。明日の散策でゆっくり歩くとして、この夜は流して歩くにとどめ、川沿いを下流へ。番屋、『喫茶ふかくさ』 などを確認して短いぐるり一周、公会堂まで戻って来たところで、再び雨がそぼ降り始めた。夕飯を思案するも、今頃になって旅の疲れがどっと押し寄せ、雨降りの街中を歩き回ることが躊躇われる。宿の向かいのコンビニにて、余り食指を動かされぬ弁当を買い求め、重い足取りで部屋へと戻る。昼のレストランに続いて、夕飯を味気無いコンビニの弁当で済ますなど、実に不本意極まり無かったのだが、仕方が無いので諦めた。
食に対して投げやりなことの許せぬ質故、段々とうら寂しい心持ちになり、やがては切なくなって、宙に浮いたよな心もとなさに包囲される。どうして自分は今、こんな遠くに居るのだろか・・・。家に残してきた猫氏のことが、脳裏をしみじみと過る。何なのだ、このちくんとする感じは。美味しい昼ご飯と、美味しい夕飯をきちんと食べて居ったならば、こんな頼り無い心持ちにはならなかったろうに。
すっかりしょぼくれて、何とは無しにテレビをつけると、丁度 BS-1にて、プレミアはチェルシー VS ガナーズの録画放送。寝転んだまま蹴球観戦などして居る内、ふと、先程まで包囲していたうら寂しさの去って居ることに気付く。嗚呼、そうか。いつもの生活を離れたところにあって、ほんの少しだけ日常の延長腺上に在るものに触れると、人は安心するものなのだな・・・。最たる原因が、この日の食事にあることには変わりが無いのだけれど、これらの一抹の心もとなさは、もしかすると、もう随分と長い間旅に出て居なかったこと、故郷に暮らすことが当たり前となってから久しいこと、そして、独りであると云うことなど。いつもは余り向かい合うことの無い、日々の暮らしの中から一旦は離れたものたちが、徐々にここまで戻って来て、ゆらりと重なり合ったせいなのかも知れない。若い頃の旅先で、こんな心持ちになったことは、恐らく一度も無かった気がする。おかしなものだ。
湯船にたっぷりと湯を張って浸かる。深い睡魔がゆるゆると押し寄せ、寝床にするり、もぐり込む。夜十時半就寝。
*1:くしゃみとか、鼻水とか・・・(苦笑)。