双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

上州ぶらり旅(1)

|旅|


18きっぷの旅第一弾として、上州は桐生へ日帰りぶらり旅。
通勤通学の混雑を避けて、朝六時台の列車を選んで乗り込むが、混雑とまではゆかぬものの、それでも結構な乗車率。勤め人に紛れて暫し揺られつつ、乗換駅で常磐線を降りて水戸線へと。時間帯なのか否か、こちらも横一列のシート席なもので、ガサゴソ飲み食いするのも何となく憚られる。途中単線になった辺りから、早起きのせいでうとうとし出し、はっと気付いた頃には、あと十分程で小山。周囲の乗客がいつの間にか少なくなって居たのを幸いと、前の晩に拵えておいたサンドウィッチを紙袋から取り出して、こそりと食べる。
小山からは両毛線に乗り換えて、桐生まで約一時間の道のり。がらりと空いたボックス席に腰を下ろすと、ここでようやく旅情が沸いてくる。やはりローカル腺はボックス席が良い。単線の両脇に流れゆく車窓は、のどかな田園風景。時折鳴らされる汽笛が、早春の風景の中にのんびり細く伸びてゆく。ぼかぽかと朝の光の集まる車窓。文庫本に目を落として居ると、何処からとも無く心地良い眠気がかぶさってきて、こくりこくり。
ガタンと車両が大きく揺れたもので、足利辺りで目が覚める。やがて電車が桐生へ差し掛かると、四方ををぐるり、山に囲まれた街が見えてきた。高い目線の先、山の中腹に、まるで浮かんだよにして佇む観覧車の姿が、何とも不思議な風景。

[駅〜目抜き通り]
午前十時半、桐生駅到着。駅を出るとロータリーが在るだけで、人っ気が無い。地図によれば、目抜き通りは駅前に伸びて居るのでは無く、どうやら数本東へ行った通りらしいので、先ずは街の大きさを把握しがてら、てくてく歩いてみることに。大型スーパーやファミレスなどに混じって、個人商店もちらほら在るけれど、シャッターを下ろして久しいよな店、空き店舗の張り紙の貼られた店が少なくない。未だ午前中だからだろか、お年寄りの姿ばかりが目に付く。大型スーパーでお手洗いを拝借した後、ふらふらと裏通りへ。電柱に 「糸屋通り」 とあるところを見ると、桐生は織物で栄えた街だから、その昔は繊維問屋などが並んで居た界隈なのかも知れない。細い通りの両脇に、見るからに古そな木造の建屋が並び、路地心くすぐる。
静かな路地の情緒を抜けて大通りへ出るや、途端に交通量が多くなる。一先ず南北に伸びる大通りを北へ。和菓子、うどん、やきそばを扱う店の多いのは、粉食文化圏故当然として、何故だか薬屋と豆腐屋も多い気がする。一方で、どうした訳だか喫茶店はなかなか見当らない。そろそろ何処かで一服入れたいのになぁ、と思いながらそれらしきを探して暫し、ようやく一軒の喫茶店に行き当たる。扉を開けると、こじんまりした店内のカウンターに、常連さんらしき小母様数名が鈴なり。瞬間、視線が一斉にこちらに向いて会話が止まるも、またすぐに会話に戻る(笑)。窓際の席に腰を下ろして珈琲をお願いする。会話の主な内容はと云うと、桐生の景気の悪さや、誰某の娘さんだかがオーケストラに入れなかった、とかそんな話。後者の話題は特に熱を帯び、 「あの程度で群響に入ろうだなんて甘いのよ!」 だの 「娘自慢も甚だしい、とんだ親バカだわね。」 だの 「コネが無かったから入れなかっただけ、とか云ってるみたいだけど、コネなんか関係ない。要は実力も才能も無かっただけの話。」 だのと、兎に角容赦無い。小母様連は何処でも同じだなぁ、と妙に納得しながら、耳だけは欹てつつ、オリエント急行カップで出された珈琲を、しげと眺めた後、窓際に小さくすすり、この後の行程など思い巡らす。ここから少し歩いたところに在る動物園にでも行ってみるか。お向かいの古本屋は休みと思われ、生憎シャッターが下りていた。



[桐生が岡動物園]
十一時半。喫茶店を出てそのまま少し進み、小さい平屋建ての三越の角を入る。お向かいには立派な古い商家。街並み保存だろか、辺りには他にもそうした古い商家や民家がちらほらと。また後からじっくり散策するとして、動物園の在る山の方へ、てくてく。途中、やきそばの店。暖簾が中に仕舞ってあるので、未だ店開け前かお休みか。小学校では、低学年が体育の時間。きゃーきゃー云いながら、ドッジボールに興じて居る様子。じきに神社の細かな階段が見えてきた。歩道橋も在ったけれど、丁度車の往来が無かったものだから、ひょいと道路を横断。横に幅の長い段々を一段ずつ登ると、静かな木陰がひんやりして心地良い。案内通り、神社からさらに山手に坂を登ると、林の中より柵らしきものが。ニワトリ、ホロホロチョウらが、暢気に寛いで居り、何とも唐突に動物園が始まる。すぐ後に分かったが、動物園の門は、ここより少し先に進んだ所。無料の動物園とは聞いていたけれど、なかなかどうして、ちゃんとしたもの。ライオン、ゾウ、キリン、クマ、シカ、それにペンギンなども居るし、サル山、小さな水族館まで在る。ご近所の散歩がてらか、子を連れた母親らも目に付き、加えてこの日は、ブラジル人の幼稚園生らが大勢遠足に来て居たこともあって、大層賑やかなのであった。
設備は簡素で古めかしいものの、うらびれた感じや寂しい風情も無く、何処かのんびりとして、こじんまりした風が、かえってほのぼのと好ましい動物園。人間の視線など何処吹く風、ひたすらマイペースに水を飲みつづけるシカ君の向こうに、ふと目をやれば、其処には山中に忽然と現れたよな風情でもって、遊園地が存在する。それは何とも奇妙であり、何とも幻想的な風景でもある。遊園地の真ん中に鎮座した観覧車は、実に悠長な速度で動いて居る。動物園の後で遊園地まで足を延ばす子らは、はて、居るのかしら、などと思う。シカ君が水桶に口の先をくっつけたまま、こちらを見て居た。

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