|雑記| |本|
秋の日差し、やわらかな昼下がり。ふと、子供じみた愉しみを思い付く。
良く良く見知った、隣街に出掛けてぶらついて、日も暮れてきたら、宿をとって一泊、と云うのはどうか。地元でも、それなりにおもしろいかも知れないが、あんまり身近過ぎるし、どのみち、そこいらで知った顔に出くわして、折角の愉しみのややこしくなるのは困りもの。それでは気分が出ない上、どうにも無粋でいけない。かと云って、あんまり遠くでも意味が無いから、電車に乗って少々揺られ、そ知らぬ風情で街をぶらついて、ちょっとした非日常気分を味わうとなると、やはり隣街くらいが丁度良いのかも知れぬ。
さて、例えば。まず駅を出たなら、いつもの道は通らずに、別の道へ。いつもなら、たいして気にも留めて居なかった景色に目を向けつつ、何を探すでも無く。古本屋を覗き、普段は素通りして居たよな店で、つまらぬ物など買い求めてみる。なるたけ路地を選んで歩く。ずっと前より知っては居ても、一度も入ったことの無かった定食屋。薄汚れた暖簾をくぐって、カウンター隅っこの席に腰降ろし、平日の昼間、勤め人に混じってどんぶりをすする。当たり前だけれど、ここに居る人びとは、誰一人として、私の企みのことなど知らぬ。後ろめたくも、実に愉快な心持ちだ。楊枝を加えた、年配の勤め人に続いて店を出る。
気の向くまま、あっちにふらり。こっちにふらり。駅前から離れた、人っ気少ない商店街など。ああ。そう云えば、あそこに小さな鳥居が在ったっけ。薄暗いビルの間の細い路地を入って、賽銭箱に小銭を放る。気に入りの喫茶店はすぐ近くだが、いつもの曲がり角は通り過ぎ、わざと遠回りして、知らない道を選んで向う。少し浮ついた心持ちでもって、見慣れたドアを押し、席につく。珈琲を頼んだら、先程の古本屋にて買い求めた一冊を取り出し、一服、火をつける。こんなよくある事柄も、私だけの知る、子供じみたちっぽけな秘密のせいで、ほんの少しだけ違って見えたり、感じられたりするのだろか。果たしてそれは、どんな気分なのだろか。
ぼちぼち暗くなり、勤め人や、学生らの帰ってくる姿が目立ち始めた頃。電話しておいた、今日の宿へと向うとしよう。宿と云ったって、真新しいビジネスホテルだの、シティホテルだのではいけない。こじんまりした、旅館みたいなのが良い。宿に着いたら、無愛想と云うのでは無いけれど、何処かぶっきらぼうな、年配のおかみさんが出て来るだろか。部屋は勿論、畳間の和室で、床はぱりっと糊のきいたのが良い。
そう云えば、この東京暮しの伯父さんも、時折、東京に宿をとって居た。
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