双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

冬の入口で拾った散文詩

|徒然|


クリスマスを目前に控えた土曜日の、世間の忙しなく動き回る様は、それを「活気」と呼ぶには何かが足りず、むしろ、全てが何処かしら空々しく、そして誰もが闇雲に忙しいふりをしたがって居るよな、居心地悪いよな印象を漂わす。しかし、私たちのこの場所は活気とも、それと良く似ては居てもその実、空っぽの忙しさのどちらとも無縁で、夕暮れ刻にAちゃんのもらした一言「ここだけぽつんと、世界から取り残されちゃったみたい。」が、こんな一日を例える言葉として、私がいつも心に思い浮かべるのと全く同じであったので、橙と群青の淡い境目に夜の始まりを探しながら、何だかふっと力が抜けてゆくのを感じた。
外界から切り離されたこの場所は、ゆっくりゆっくり、次第に岸辺から遠のいて冬空の色を映し込んだ、濃紺の波間を漂っては、人知れず、何処からも離れた、何処とも異なる場所へと流れつき、かつては其処に在った筈の世界のあれこれが、自分たちの何倍もの速さで流れてゆくのを、私たちは、ただぼんやりと眺めては居るけれど、こんなに世界から離れてしまった気がしても、安堵の居場所からひと度一歩を踏み出せば、ドア一枚を隔てて、其処はもう「外」なのだ、と今更ながらに気付かされもする。
ひとしきりカスタードを作り終えた後で、牛乳パックがもうじき空になる前に、相変わらず地に足がつかないまま近くのスーパーへと買足しに出掛けると、店内は人びとが溢れて居り、しかしながらおかしなことに、本来、活気にはつきものの、少々荒っぽくはあっても、何処かしらに仕合せな充足を感じさせるよな、あたたかさを含んだ喧騒、と云うものが其処には見当らない。皆を一様に突き動かして居るのは、ひょっとすると、正体の無い「虚無」のよなものかも知れない。通路に雑多と積まれた段ボール箱やら、棚に並べる途中の菓子やら飲料水の周りにも、倦み疲れた空虚な何かが漂って、そうした仕事の数々に忙殺される店員たちの目にも、やはり鈍い疲れが淀んで居た。冬休みに入ったせいで、がらんと抜け殻になってしまった小学校を見上げながら、牛乳の一本入った袋をぶら下げて、もと来た道を引き返すと、通りの反対側に、風に煽られた梱包材の欠片が不規則なリズムを伴って転がってゆくのが見える。何故だろう。早く自分たちの場所へ辿り着きたいと思う。
再び見慣れた軒先をくぐって、ドアをゆっくり閉めるとまた、世界から取り残された私たちの小さな箱舟の中に戻って来た。今日、漂泊する箱舟のよなこの場所を訪れた数少ない人びとは、殺伐とした、些か居心地の悪い土曜日を逃れて、ほんの少しの間の、あたたかな心地を望んだ人だったのだろか。こんな日、私たちにとっても訪れる人びとにとっても、ここが或る種の避難所となって居るのかも知れないと云うことを、それでもやはり、何かが大きく変わる訳では無いと云うことを、一杯の珈琲から立ちのぼる、白くてやわらかな湯気を鼻先に近付けながら、ふと想い巡らす。

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