双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

断片回想

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久しぶりに別行動の友人より先に、宿を出る。新聞紙に包まっただけの、無愛想なくらい洒落っ気の無い、バゲットのサンドウィッチを何度目かに買ったとき、その店の若い青年は、楊枝を口の端にくわえたまま、ぶっきらぼうに云った。「今度は夕方に来ると良い。半額になるよ。」 下町の人間特有の、粗野と人懐こさとの同居する微笑ましい矛盾を、無自覚に備えて居る。
会計を済ませて外へ出ると、美術学校の学生たちが向い側から歩いて来る。皆、昼休みなのだ。毎日の散歩コースになった、木陰の素敵な公園まで歩く。途中はなだらかな丘のよに起伏して居り、登山電車のスイッチバックみたいにして階段を登ると、こじんまりした閑静な住宅街が現れ、其処はさながら小さな環状区にも見える。いちばん外側の通りを裏手にぐるりと廻れば、実に控え目な石の階段が見付かり、ここを下ると公園への最短コースになるのだ、と云うことをつい、数日前に気付いた。
芝生に腰を下ろしてサンドウィッチを食べ、暫しの間、昼寝などする。のんびりしてから、大学の在る地区までいつもとは違う道を通って、散歩することを思いつく。分かり易い通りから一本裏へ入ると、車の少ない小さな通りは、住宅と住宅の間に個人商店が混在し、何処となく馴染み易い安堵の匂いを漂わせる。途中で見つけた簡易郵便局は、雑貨屋と食料品店も兼ねて居り、随分昔からそのままと思しき玩具の箱が、すっかり西日に色褪せてしまって居た。懐かしい絵柄の帳面の中から、私は猫の絵柄のを一冊選んで買い求めると、店番の老婆は表紙をさすって目を細めながら、それを薄紙の白い袋へ入れてくれた。道々にレコード屋だの本屋だのへ立ち寄っては、探求心に逆らえぬ性分故、路地を見付けてふらりと入り込み、を繰り返す内、やがて見慣れた通りに出た頃には、もう日が傾きかけて居た。
昼間の青年の言葉を思い出し、宿へ帰る途中で例の惣菜屋に立ち寄ると、彼の云った通り、サンドウィッチは何れも半額になっては居るが、残り僅かとなったそれらの中に、どうやら私の気に入りの、コールドターキーのは見当らない。さて、どうしようか。ケースの中を覗き込んで居ると、例の青年がやって来て、別の冷蔵庫から無造作に、一本のサンドウィッチを取り出した。「来るかもと思ったから、とっといてやったよ。」 彼の口ぶりは、イタリア訛りの入ったグラスゴー訛りに加え、下町の若者に在りがちな生意気さを感じさせはしたけれど、私は元来そう云う風情が嫌いではない。会計を済ませてつり銭を仕舞いながら 「もし来なかったら、どうするつもりだった?」 と訊ねると、青年はにやりとして答えた。 「そんなの簡単だね。俺が食うのさ。」




    <いつかの旅の日記から記憶を紐解く・・・>

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