双六二等兵

ポッケにさすらい 心に旅を 日々を彷徨う一兵卒の雑記帖

日常空想旅行

|本| |雑記|

二十代の前半、ぼくはよく喫茶店で時をすごした。テーブルの上に金子光晴の自伝『ねむれ巴里』がある夕暮れなど、窓の外からパンを焼く薫りが漂ってきたりすると、「これがパリの匂いだ」と、決めつけて喜んでいたものだった。当時の喫茶店の様子は、ぼくにとって列車や飛行機の座席だった。景色はちっとも動かないけれど、日暮れまでにはどこかにたどり着けそうな、そんな安上がりな乗りものだった。(一部省略)

以上は、友部正人氏の91年に出た
エッセイ「パリの友だち」の冒頭。
なんて素敵な書き出しだろう。
数日前から、また少しずつ読んでいる。
時々だけれど、私もふらりとそんな風に旅をする。
一人で喫茶店に出かけ、
お茶を飲みながら本を開く。
それが須賀敦子の本ならば、イタリアの見知らぬ路地裏。
ある時には、東欧、北の小さな国。
スコットランドの町の裏通り。
アメリカの名も知らぬ町。
以前訪れた事のある場所、一度も訪れた事の無い場所。
仕事柄、実際に旅に出ることが
すっかり困難になってしまった現在、
そんな小さな空想の旅が
自分にとっての、ささやかな息抜きなのかも知れない。
ほんの少しだけ、仕合せな心地になれる。
しかしそれは、残念な事に
ほんの少しの間だけなのだけれど。

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